『聴導犬のなみだ』本に入りきらなかった裏話!その2

昨年末に発売された書籍『聴導犬のなみだ~良きパートナーとの感動の物語~』が大変好評とのこと、本当にありがとうございます。
その感謝企画として先月より掲載しております「『聴導犬のなみだ』本に入りきらなかった裏話」。著者の野中さんが聴導犬について取材を続ける中で、書籍では語り尽くせなかったエピソードをご紹介しております。第2回となる今回のテーマは「ジローのデモンストレーション」です。

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野中圭一郎(以下、野中)
昨年末に上梓した『聴導犬のなみだ』の中で、協会の活動を多くの方に知ってもらうためのイベントでデモンストレーションについても触れました。春頃、秋葉さんとジローが登場したデモンストレーションを実際に拝見したわけですが、今回はそのジローについてもう少し詳しく伺わせていただきます。

協会・秋葉(以下、秋葉)
はい、よろしくお願いします。

野中
もともとジローは、他の補助犬団体から譲り受けて、一歳ぐらいでこちらの協会にやってきたと伺いました。その時点で、そこそこ訓練はできていたのですか?

秋葉
基本的なことはトレーニングされていました。ですので、こちらに来てからは、主に音を知らせることに関してのトレーニングがメインとなりました。

野中
そうなんですね。このジローに関して、本の中で触れなかったことがあります。PR犬としてデビューするときのことです。訓練士もそうですけども、犬にも当然、最初、つまり「一回目」があるわけですよね。たとえば、いきなり大きな会場へ行くことへの戸惑いや慣れないがゆえの失敗もあるのではと思うのですが……。

秋葉
普段、協会で音を知らせるトレーニングをしていますが、外に出たときにも同じようにできるかというと必ずしもそうではありません。なので、いきなりデモンストレーションをするのではなく、イベント会場で参加者の方との触れ合いに参加するなど、まずはイベント会場などの環境になれる経験をさせていきます。犬を連れて行ったはいいものの、「犬が緊張してデモンストレーションができませんでした」となってしまってはイベントが成立しなくなる。そういった事がないように慎重にデビューさせるタイミングを決めていきます。

野中
「この犬は今回が初めてなんです」と言い訳ができるわけではないですよね。聴導犬のデモンストレーションを見に来たお客さんには、そういう内情は関係ない。だからこそ、そこをうまくフォローするのが、訓練士や協会の方なのではと想像するのですが……。

秋葉
そうですね。デモンストレーションを成功させるには、普段の犬との信頼関係もありますし、デモンストレーションをうまく「回せる」人の技術も必要になってきます。犬だけじゃなくて、人にもある程度の力が求められる感じですね。

野中
なるほど、そうですよね。それでジローの話になるのですが、秋葉さんはジローのデモンストレーションデビューのときのことを覚えていらっしゃいますか?

秋葉
はい。ジローは僕が訓練を担当していたので、デビューできるかどうかに関しても僕が判断しました。実際、会場に一緒に行って、デビューのステージにも一緒に立ったので、僕個人としても強い思い入れがありました。ただ、それまでの訓練の実績から「ジローはきちんとデモンストレーションをしてくれる」と確信していましたので、大きな緊張はありませんでしたね。ジロー自身も、環境によってテンションが変わる性格ではなかったので、結果、きっちりとやってくれました。きちんとできたという安心感もありましたが、それ以上にジローとこの先もずっとやっていけるという自信もうまれましたよ。

野中
具体的に、どこの会場で、どんな機会だったのですか?

秋葉
埼玉県にある中学校です。動物愛護に関する講演の中で、聴導犬についてお話させていただきました。

野中
中学校というと……。

秋葉
全校生徒、百五十人ぐらいはいたのではないかと思います。

野中
では、いきなり百人以上の人を相手に、デモンストレーションをする感じだったのですね。デモンストレーションの際、ふだん通りにできないこともあることなのでしょうか。

秋葉
そのときの環境によってうまくいかないということもあります。できるだけ環境に左右されにくい犬を選ぶことが基本になりますが、犬の様子がいつもと違うなと感じたら、ステージの前にフォローをしてあげることが大事になります。

野中
具体的にどのようにフォローするのですか?

秋葉
簡単なところでいえば、犬をリラックスさせられる触り方があるので、そういう触り方をしてあげる。あとは、人が緊張しない事です。こちらが緊張してしまうと、それを察して犬も「いつもと違う」と緊張してしまいます。だから人が「全然大丈夫」くらいの気楽な気持ちで見てあげることが大事な要素になるのです。

野中
そういう意味でも、人とPR犬、お互いが、それこそ良きパートナーであり、信頼関係がないとできないということですよね。

秋葉
デモンストレーションをする上でも、信頼関係は必要です。僕はジローのことを信じていますし、ジローも僕を信じてくれていると感じます。この先もジローと一緒ならいろいろなことに挑戦していけるなって。

野中
今までデモンストレーションの途中に突発的なことが起こってしまって、フォローしなければいけない事態に陥ったこともありましたか?

秋葉
犬も生き物なので、その場の状況次第で予期せぬ動きをしてしまうこともあります。そういったとき人のほうがそれを見てあたふたしてしまうと、見ている人も不安になってしまう。ですので、人のトーク力が重要になりますね。犬が失敗しても、トークの力で失敗ではなく笑いに変えられれば、見ているお客さんも安心できると思うんです。

野中
「あらあら、今日はなんだか機嫌が悪いですね」というような感じでしょうか?

秋葉
例えば客席のほうにフラフラと行ってしまったら、「みなさんにご挨拶したいみたいですね」と言ったり、「あんた、また変なことしてー」とツッコミを入れたりなど、失敗を失敗ではないように見せるのは、やはり人のトーク次第となります。

野中
デモンストレーションを立派に行うことも大事なことでしょうが、「聴導犬って、かわいくて、頑張ってて、面白かったな」と思ってもらえれば、デモンストレーションとして成功といえるわけですよね。

秋葉
たとえばデモンストレーションの時間が10分しかない短い場合もあります。そんなときは細かい情報をいろいろと詰め込んで話すよりも、お客さんの頭の中に、「なんだか犬が面白そうに動いてる」とか「今日は楽しい話が聞けた」という印象が残る方がいい。そっちのほうが聴導犬について強い印象が残り、認知度が高まりやすくなるのではと感じています。
それこそデモンストレーションで犬が動くときも、「音がなりました」「犬が知らせてくれます」という単純な動きだけでなく、犬がしっぽをブンブン振りながら走り回って、本当に楽しそうにお仕事をしてくれている様子を見るほうが、見ている人も楽しい気持ちになると思うので……。
ジローは僕が訓練したという経緯もあって、今までとは違う見せ方にしたいと考えていました。だからあえて派手に動くようにトレーニングもしたんです。

野中
デモンストレーションで、ジローが秋葉さんの顔を激しく舐めているのを見たときすごく面白かったんです。なんだか楽しそうに朝起こしているよというメッセージが伝わってきました。耳が聞こえない人に、聴導犬が目覚まし時計の音を知らせてくれることをPRすることも大事だと思いますが、それを越えて、愛情を込めて、耳が聞こえない人の顔をペロペロと舐めている姿を見せる。見ている人が「うわっ!」って思うぐらいインパクトがあったほうが印象に残る。それが結果的に聴導犬を広めることに役立っていくのかもしれませんね。

6.3ジロー目覚まし

秋葉
僕も、そのようなインパクトの重要性を感じています。僕がジローとデモンストレーションをやるようになって、徐々に楽しそう重視のステージに変えていきました。すると、以前よりステージが終わったあとに話しかけて下さる方が増えたように感じています。

野中
見に来てくれた方が、その日の夕食時に「今日の聴導犬のデモンストレーション、面白かったね」と話題にしてくれるくらいになれば、一番いいのかもしれないですね。

秋葉
個人的に目指しているのは、まさにそこなんです。デモンストレーションで聴導犬が、楽しそうに人を起こしてる姿を見て、「あ、そうか。そういえば耳が聞こえない人って、朝起きるのに苦労するよな」と気づいてもらうのがいい。デモンストレーションを見たことで、自発的に聴導犬のことを調べていただいたり、聴覚障がいに興味を持ってくださったりと、こちらが一方的に伝えるばかりではなく、興味を持つきっかけをつくっていければと考えています。

野中
「耳が聞こえない人にとって、聴導犬と一緒に生活をするのって、なんだか楽しそうだな」と思ってもらえれば、さらに認知度も高まるかもしれませんね。

秋葉
はい、ジローと一緒ならそういったデモンストレーションができると思います。
今日はありがとうございました。

野中
ありがとうございました。

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次回の「『聴導犬のなみだ』本に入りきらなかった裏話」は、2月下旬に公開予定です。最終回となる次回はどんな裏話が出てくるのか。ぜひお楽しみに!

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『聴導犬のなみだ』著者、野中圭一郎さんのプロフィール
熊本県生まれ。東北大学文学部卒業後、大手洋酒メーカーに入社。広報部でPR誌などを担当した後、出版社へ。書籍編集部で恋愛や人生エッセイ、タレント本やテレビとの連動企画など数多くの話題作を手がけた後、独立。現在に至る。「日本の聴導犬の父」でもある藤井多嘉史さん、聡さん親子に2001年頃から取材していた関係から、長年、聴導犬の育成・普及に心を配り、この度『聴導犬のなみだ』を上梓した。